中坊進二さんと京都・本能寺の関係がわかります


数ある京都の寺院の中でも本能寺は
歴史的に有名な舞台になった場所として
思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
中坊進二さんも本能寺は歴史的に有名な場所として、
まず勧める寺院ということです。

ここで京都の歴史好きの中坊進二さんが
本能寺について解説をします。
本能寺といえば、本能寺の変が有名ですよね。
本能寺の変は1582年、 当時全国統一を掲げていた織田信長の家臣である
明智光秀が信長たちを襲った事件のことです。
これは暗殺と自殺を迫ったとの両方の説があります。

当時戦国時代で織田信長は京都を中心に
近畿圏内や関東、東北、九州などを
その手中に収めていたと言われています。
残る地域の進出のために作戦を練っていた最中での出来事だけに、
中坊進二さんもなぜ明智光秀が信長を襲ったのかが気になっていました。
結局これは諸説あり、いまだに定説になっているものはないようです。

本能寺について中坊進二さんの解説は続きます。
本能寺は設立当初、本応寺という名称で、室町時代のとき、
1415年に日隆によって創建されたものになります。
本能寺は京都の中でも珍しい寺で、何度も立て直しがありました。
それは先に述べたように本能寺の変があったり、
その後の焼き討ちがあったりした影響によるものです。



なお、本能寺には信長たちを供養するための信長の墓と言われる
信長廟や供養塔があるのも、
京都の寺院のなかで特徴的だと中坊進二さんは言います。



今回京都の寺院を様々な角度から紹介してくれたのは、
中坊進二さんが京都に精通しているからで、
彼が説明する名所は説得力があって、
満足した時間を過ごすことができたので、
有意義に見ることができました。



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